群馬県史料集第七巻『小栗日記』には、日々の日記だけでなく家計簿の記録も収められています。うなぎ代や祝儀、歳暮の配りかたといった暮らしの細部からは、幕臣としての激務の合間に営まれていた小栗家の日常がうかがえます。
ここでは、そうした家計簿や日記の記述をもとに、小栗上野介とその家族の暮らしぶりを紹介します。
この章の記事
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給料日にあたる「切米ひらき」のたびに記録される、うなぎ代の話題です。
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毎年正月、大道芸の猿廻しへ祝儀を渡していたという家計簿の記録を紹介します。
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家計簿に毎月あらわれる「於綾」と、権田で目撃された「おうた」。二人の女性をめぐる記録を整理します。
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慶応四年三月、権田村で妻・道子の着帯の儀が営まれたという日記の記録です。
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慶応三年の歳暮、使用人への祝儀が身分ごとに細かく定められていた記録です。
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洋式陸軍を指導したフランス人武官シャノワンが、私邸を頻繁に訪れていた記録です。
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安政の大地震での拝借金を、家計簿の上で何年もかけて返済し続けた記録です。
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万延元年、遣米使節の手当金によって家計が大きく潤ったことを示す家計簿です。