諏訪恵伯(すわ けいはく)は、上野国群馬郡権田村の曹洞宗・諏訪山東善寺の第十四代住職です。もとの僧名は悪伯(あくはく)。『倉渕村誌』は「諏訪良伯(早くは悪伯とも称す)」とも記します。俗姓は小林。文政三年(一八二〇年)、武蔵国児玉郡八幡山町の生まれと伝わります。
慶応四年(一八六八年)三月一日、江戸を引き払った小栗上野介忠順の一行が権田村に着き、この寺を仮の宿としました。迎えたのが、当時四十九歳のこの住職です。寺にはほかに、少年の弟子が二人いました。
小栗が斬られたあと、恵伯は死に至る寸前まで拷問を受けています。少年を一人、斬られるところから救ってもいます。
明治五年の戸籍に載る三人
当時の東善寺に誰がいたかは、明治五年(一八七二年)の戸籍から分かります。小板橋良平氏がその記載を引いています。
東善寺第十四世悪伯・五十三歳(武蔵国児玉郡八幡山町出身)、同弟子万午・安政四年生れの十六歳で当郡三ノ倉村出身、弟子万暁・安政四年生れの十六歳で武蔵国埼玉郡白石村出身
弟子二人のうち、万暁がのちの小栗卍教、東善寺十五代住職です。出身地として記された「武蔵国埼玉郡白石村」は、同じ名の村が実在しません。実在するのは上野国緑野郡白石村と武蔵国秩父郡白石村だけです。
恵伯の得度した寺について、小板橋氏は「長念寺」と書いています。下室田の長年寺の誤記である可能性が残っています。もしそうなら、小栗が斬られたあと身を隠した菊之助(卍教)の潜伏先が、そのまま師の得度寺だったことになります。
典拠:小板橋良平『勝海舟のライバル 小栗上野介一族の悲劇』あさを社
金庫の鍵
小栗は権田村に入るとき、三千両ほどの金を持ってきたと伝わります。そのうち千六十両を村の用水や普請に使い、残りは家臣に分け与えました。官軍が押し入ったとき、思ったほどの金が出てこない。世評と違う、と疑われます。
そこで目をつけられたのが、この住職でした。小栗がアメリカから持ち帰った金庫の鍵を預かっていたからです。『倉渕村誌』はこう記します。
官軍突入の際も世評に反し、所持金無きを怪み、東善寺住職、諏訪良伯(早くは悪伯とも称す)が上野介の鍵を預り居たるを見、隠匿したる所を知るやを疑ひ、激しく拷問し、殆んど死に至らしめたれども、其事実なかりしを以って免るることを得たり
鍵を預かっていただけと分かって、ようやく死を免れました。
権田村では、二十一の小字、二百二十余軒が一軒ずつ探索されています。天井を槍で突き、味噌樽の中まで槍の石突きや棒で掻き廻した、と伝わります。味噌樽や漬物桶の底に小判を並べ、その上に味噌や漬物を入れて隠し持ってきたという噂を信じての捜索でした。どこからも財宝は出ませんでした。
典拠:『倉渕村誌』/小板橋良平『勝海舟のライバル 小栗上野介一族の悲劇』あさを社 → 赤城山の埋蔵金伝説
少年の命を乞う
小栗の小姓だった武笠銀介も、このとき縄目にかかっています。十六歳とも十四歳とも伝わる若者です。
小板橋氏は、助かった理由をこう書いています。
当時の東善寺住職の諏訪恵伯和尚が、余程慈悲深い人だったらしく、いったんは縄目に掛けられた銀之助をみて、わずか十六歳の少年まで斬るのは余りにむごいではないかと、無我夢中で必死に助命嘆願をくり返えしたことが捕方の気持を動かし、それで奇跡的に斬られずにすんだそうである
嘆願の相手は安中藩でした。別に、あまりに美少年であったため副監軍の原保太郎が斬るのを不憫に思った、という説も伝わります。
銀介は三両を渡されて権田村を出、埼玉の母の実家までたどり着きました。のち三室村の村長となり、大正十年に六十七歳で没しています。権田のことはついに語らず、恵伯和尚への恩義は終生忘れなかったといいます。酒が入ると家族の前でもかまわず涙を流し、殿様に申し訳ない、朋友に申し訳なかった、と嘆いたと伝わります。
明治七年、師弟そろって姓を定める
明治七年(一八七四年)、師弟は同じときに姓を定めました。悪伯は寺のある諏訪山から諏訪恵伯に、弟子の万暁は小栗卍教になります。この年の僧侶の定籍に関する公布に拠った手続きでした。
小板橋氏は、恵伯のその後を一行でこう書いています。「後、小栗主従の供養に余生を尽くす」。
遷化は明治十一年か十二年ごろ。『小栗卍教伝』は明治十一年とし、同年に卍教が東善寺十五代住職となったと記します。法名は恵伯萬智大和尚。
跡を継いだのは、明治五年の戸籍に十六歳で載っていた弟子でした。
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恵伯の弟子・万暁。東善寺十五代住職、のち全透院二十五世。家伝は小栗上野介と側室ウタの子と伝えます。
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恵伯が命を乞うた少年。その後、主君の首級を菩提寺へ運んだと伝わります。
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慶応四年閏四月六日。東善寺に三藩の兵約一千が押し寄せた日のことです。
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東善寺は高崎市倉渕町権田。小栗の墓と資料の展示があります。
典拠:『倉渕村誌』/小板橋良平『勝海舟のライバル 小栗上野介一族の悲劇』あさを社/小山訂『小栗卍教伝』影印版